学会3世の徒然日記

学会3世としてのことや、日常のあれこれを書いていきます。

どっちもどっち

 

お久しぶりです。

更新が遅くなってしまいました、のらです。

 

更新できなかった間も様々なアンチブログを閲覧していました。

読んでいると、なんだかなあと思うことって出てくるんですよ。

私ね、創価学会の活動に関しておかしいなとか、間違っているなって感じることはたくさんあります。活動の内容だったりとか、教義の改正とか。それを正論で論破しているブログもたくさん目にしました。多分たくさん勉強されているんだなあと感じます。

でもね、それって結局創価学会に伝わったところでどうなるんですか、と思うんですよ。学会だって教義がおかしいことくらいきっと自覚していて、それでも今の状態で会員に通じているからこれでいいかって、多分それくらいの認識なんだと思います。

いや、通じているというより学会員はそんな細かい教義や御書なんて勉強すらしていないんじゃないかな。それを良しとしている団体ですよ。そんな団体を一ブログで論破して一体何になるんでしょうか。仮に現場の学会員がそんなブログを見たところで何の感情も湧かないどころか、こいつは我見の信心だ、などと言われるだけですよ。

別に学会員に向けて書いているわけではないと言われるかもしれませんが、そういうブログって大体が創価学会の取り上げている教義や御書のここが違うとか、歴史的に見ればとか、そういう書き方なんですよね。これが宗教学者相手なら論破ともなりますが、最早宗教団体ですらない創価学会に向けて発言したところで相手からしたら痛くもかゆくもないんですよね。

それどころか、結局そうやって創価学会をやり玉にあげることによって宗教的思想対立を(創価学会が宗教団体と呼べれば、の話ですが)深めているということに、自分が嫌っている創価学会とやっていることは同じだということに、早く気付くべきだと思います。

『書くなら創価学会関係なく書く』

これが出来なければ結局創価学会からの覚醒なんてできないと、多くの方々のブログを読んで痛感しました。